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福岡地方裁判所 昭和58年(ワ)2602号 判決 1984年7月11日

原告(反訴被告) 株式会社長信工業所

右代表者代表取締役 坂井宗一郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 吉田徹二

被告(反訴原告) 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 古賀義人

右訴訟復代理人弁護士 細川史朗

主文

一  昭和五八年三月七日午前九時五〇分ころ、福岡市南区皿山一丁目九番八号先路上において発生した交通事故に基づく原告(反訴被告)らの被告(反訴原告)に対する損害賠償債務は、第二項に掲げる金額を超えては存在しないことを確認する。

二  原告(反訴被告)らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告(反訴被告)らは被告(反訴原告)に対し、連帯して六三万八、八四五円および内金五三万八、八四五円に対する昭和五八年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を原告(反訴被告)らの負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

六  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  昭和五八年三月七日午前九時五〇分ころ、福岡市南区皿山一丁目九番八号先路上において発生した交通事故に基づく原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)らの被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)に対する損害賠償債務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告らは被告に対し、連帯して金一一四万六、二一三円および内金九九万六、二一三円に対する昭和五八年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

被告は原告らに対し、本訴請求の趣旨記載の交通事故に基づく損害賠償債権を有すると主張している。

よって、原告らは被告に対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因事実は認める。

三  抗弁及び反訴請求原因

1  交通事故(以下「本件事故」という。)について

(一) 日時 昭和五八年三月七日午前九時五〇分ころ

(二) 場所 福岡市南区皿山一丁目九番八号先路上

(三) 加害者 原告 高田修二 被害者 被告

(四) 態様 被告が普通乗用自動車(福岡五五う九一二五)を運転して前記場所を桧原方面から野間大池方面に向け、時速約三五キロで進行中、自車の左前方を走行していた原付自転車が急に右折しようとして被告の進路をさえぎったため、衝突を避けるため急停車したところ、折から自車の直後を追従していた原告高田修二運転の普通貨物自動車(福岡四五せ三六八八)に追突された。

(五) 結果 被告は本件事故により、入院四五日、通院三〇日間の加療を要する頸椎捻挫の傷害を蒙った。

2  責任原因について

(一) 原告高田修二は先行車を追従して進行するにあたり、先行車との適正な車間距離を確保し、先行車の動静を注視して追突事故を起こさないよう注意して運転すべき業務上の義務を怠ったために本件追突事故を起こしたのであるから民法七〇九条の責任。

(二) 原告株式会社長信工業所は加害車両を保有し、自己のために運行の用に供していたのであるから自賠法第三条の責任。

3  損害について

(一) 入院雑費 二万七、〇〇〇円

昭和五八年三月一七日から同年四月三〇日まで首藤外科病院に入院治療した間の一日六〇〇円の割合による四五日間の入院雑費

(二) 休業損害等 七四万八、四一三円

被告は訴外日新交通株式会社にタクシー乗務員として勤務し、一日平均七、四四七円の収入を得ていたところ、本件事故により七五日間、合計五五万八、五二五円の休業損害を蒙り、さらに昭和五八年度夏季賞与減額金一八万九、八八九円の各損害を蒙った。

(三) 慰藉料 五〇万円

入院四五日、通院三〇日間の加療を余儀なくされた被告の精神的損害。

(四) 弁護士費用 一五万円

被告は本件事故の訴訟による解決を弁護士に委任し、判決言渡後一五万円の報酬支払を約した。

(五) 被告は自賠責保険から二七万九、二〇〇円の支払を受けた。

よって、被告は原告らに対し、本件事故による損害賠償として合計一一四万六、二一三円および右金額から弁護士費用一五万円を控除した九九万六、二一三円に対する反訴状送達の日の翌日である昭和五八年九月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  抗弁及び反訴請求原因に対する認否

1  第1項(一)ないし(四)は認める。同(五)のうち、被告が頸椎捻挫の診断により四五日間入院し、三〇日間通院したことは認めるが、右傷害と本件事故との因果関係は争う。

2  第2項は争う。

3  第3項のうち(五)の事実は認め、その余は争う。

五  再抗弁及び反訴請求原因に対する抗弁

1  本件事故は被告車の左前方を走行していた前記原付自転車が急に右折しようとして被告車の進路をさえぎったため生じたものであり、原告高田には過失はない。

2  原告高田運転車両には構造上の欠陥や機能上の障害はなかった。

六  再抗弁及び反訴請求原因に対する抗弁に対する認否

1  第1項のうち被告高田に過失がないとの点は争い、その余は認める。

2  第2項は不知。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴請求原因について

本訴請求原因事実は当事者間に争いがない。

第二抗弁及び反訴請求原因について

一  交通事故

第1項の(一)ないし(四)、(五)のうち被告が頸椎捻挫の診断により四五日間入院し、三〇日間通院した事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  責任原因

《証拠省略》を総合すると、被告車及び原告高田車は約一〇メートルの間隔をおいて同一方向にともに時速約二五ないし三〇キロメートルで走行中、被告車の左直前前方をリヤカーを引いて進行していた原付自転車(本件事故現場付近道路は追い越し禁止区間のため被告車はこれを追い越すことができず、追従していた。)が突然右方交差路に向けて進路を変更し、被告車の前方を横切ろうとしたため、被告はこれとの衝突を避けようとして急制動をかけたところ、折から、前方の被告車がそのまま進行して行くものと考えて一瞬脇見をした原告高田は、被告車が自車前方の近接した距離の位置で停止したのを発見し、とっさに急制動をかけたが間に合わず、自車前面バンパーを被告車の後部バンパーに衝突させ、被告車を約八〇センチメートル前方へ移動させてその後部バンパーを車体に密着させたが、衝突地点に停車した自車の前面バンパーには何らの損傷も受けなかったことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件事故の主たる原因は被告車の直前で進路を変更し、被告車を急停止させた原付自転車の挙動にあると考えられるが、原告高田にも車の流れがそのまま続くものと安易に考え、前方注視を怠った過失があると認められ、これに反する原告らの主張(再抗弁第1項)は採用できない。

次に、《証拠省略》によれば、原告高田の運転車両が原告会社の所有であり、原告会社はこれを自己の従業員である原告高田に業務上使用させ、自己のために運行の用に供していたことが認められる。

三  損害

被告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い、治療のため四五日間の入院及び三〇日間の通院を要したと主張し、《証拠省略》にはこれにそう医師の診断及び治療経過が記されているが、前認定のとおり、原告高田の車両は衝突位置で停止し、被告車は前方に約八〇センチメートル移動したのみ(スリップ痕は認められないから車輪は回転したものと推認しうる。)であるうえ、原告高田車には何ら損傷がなく、被告車も後部バンパーが車体に接するようになっただけ(《証拠省略》によればバンパー左側支持部が損傷したにすぎないと認められる。)であって、これらの事実からすると、衝突直前の原告高田車の速度は極めて小さかったものと推認され、したがって衝突による衝撃の度合いが被追突車の運転者である被告に頸椎捻挫の傷害を生じさせるに足りるほど大きかったと認めるにはなお疑問がないわけではなく、また右《証拠省略》のほか、《証拠省略》によれば、被告は本件事故後一〇日経って安静加療を希望して入院したが、その症状は「体調良好なるも体になまり」があるという程度で、専ら被告の主訴によるものであり、治療期間中も各種の投薬や牽引を連日のように受けながら、検査結果で見る限り徐々に快方に向ったという形跡もないと認められることからして、本件事故により頸椎に何らかの異常を生じたとしても、四五日間もの入院による安静加療が必要であったとは認められず、諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係の認められる損害額算定の基礎となる治療期間は入院三〇日、通院一五日程度以上には出ないと認めるのが相当である。これに基づいて原告の受けた損害額を検討すると、

(1)  入院雑費 一万八、〇〇〇円

一日六〇〇円として三〇日分の諸経費支出による損害を認めることができる。

(2)  休業損害 四四万九、〇四八円

《証拠省略》によれば、被告は本件事故前タクシー会社乗務員として一日平均七、四四七円の収入を得ていたこと、本件事故による七五日間の休業のため夏季賞与を一八万九、八八八円減額されたことが認められ、前示の通算四五日間の治療による休業損害としては合計四四万九、〇四八円を認めることができる。

(3)  慰藉料 三五万円

前記認定の本件事故の態様及び傷害の程度その他一切の事情を考慮すると、被告の受けた傷害に対する慰藉料は三五万円とするのが相当である。

(4)  被告が自賠責保険から二七万九、二〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

(5)  弁護士費用 一〇万円

以上によると被告は原告らに対し、五三万八、八四五円の支払を求めうるところ、被告は原告らが任意の支払いに応じないため、本件反訴提起追行を被告代理人に委任したことが認められ、これに本件事案の内容、認定額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にあるものとして原告らに請求しうるのは一〇万円とするのが相当である。

第三結論

以上のとおりであって、原告らの本訴請求はいずれも原告らの被告に対する後記の金額を超える損害賠償債務の存在しないことの確認を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、被告の反訴請求は前項の合計六三万八、八四五円および弁護士費用一〇万円を控除した五三万八、八四五円に対する反訴状送達の翌日である昭和五八年九月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池谷泉)

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